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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1083号 判決

控訴人 株式会社中京ダイス

被控訴人 大日本機械工業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一、三〇六、九〇〇円及びこれに対する昭和四一年七月二二日より支払済みまで年六分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却を求めた。

二  控訴人の主張

(請求原因)

1  控訴人はダイス(金型)の製造販売を業とする会社である。

2  控訴人は被控訴人に対し、昭和四〇年八月中旬、別紙目録記載の物件を代金引渡後月末払いの約で、代金合計一、三〇六、九〇〇円で売る契約を結んだ。

3  控訴人は被控訴人に対し昭和四〇年九月一〇日、同年一〇月五日の二回にわたつて本件物件を送付して、引渡しを了した。

4  そこで、控訴人は被控訴人に対し、右代金及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年七月二二日より支払済みまで商事法定利率年六分の遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因)

5 仮に本件契約が売買契約でないとすれば、控訴人は被控訴人に対し、右同日右物件(報酬合計一、三〇六、九〇〇円)を被控訴人の注文により製作することを請負つた。

6 控訴人は3の引渡し前に製作を完了し3のとおり引渡した。

7 そこで、控訴人は被控訴人に対し、右4と同額の金員の支払を求める。

(抗弁に対する認否)

8 控訴人は被控訴人から昭和四一年一〇月五日以前に本件物件について修補の請求を受けたことはない。仮になんらか修補の請求があつたとしても、どの物件にどういう瑕疵があるかを明らかにしていないから、修補の請求とみることはできない。

また、3/8インチの物件以外については、被控訴人においてなんら検査もしていないことからも右請求のないことが明らかである。

(再抗弁)

9 被控訴人は控訴人に対し、本件物件の検査を昭和四一年六月末日までに実施することを約したのに、右期限内に検査しなかつたから、現在の段階に及んで、本件物件の瑕疵を理由として支払を拒むことはできない。

三  被控訴人の主張

(認否)

1  控訴人主張1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

被控訴人は控訴人に対し、ナツトの冷間圧造用ダイスとして、本件物件の製作方を注文したものである。

3  同3の事実の内、その主張の日に本件物件の送付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同5の事実は認める。

5  同6の事実は否認する。本件物件は注文どおりの性能がないので、引渡しを受けたことにならない。

(抗弁)

6 控訴人は本件契約物件を被控訴人に引渡していないので、被控訴人は報酬支払を拒絶する。

7 仮に引渡があつたものと認められたとしても、本件物件はこれにより製作される製品(ハブ・ヘツダー玉押)に後記(一)ないし(一五)のような瑕疵を生じ被控訴人が注文したとおりの機械的性能を有しないので、昭和四〇年一〇月中旬頃、被控訴人は控訴人に対し、右瑕疵の修補を請求した。よつてその修補がなされるまで本訴請求金額の支払を拒むものである。

(一)球押の長さ過長、(二)鍔高過高、(三)鍔上の高さ過高、(四)六角径長さ不足、(五)蓋嵌合部外径過不足あり、(六)ネジ下の径長さ不足、(七)ネジ下テーパー部内径過小、(八)螺下旋部孔直径過小、(九)球当りR部振れ不良、(一〇)蓑嵌合部振れ不良、(一一)六角側側面振れ、(一二)球当り部仕上にキズあり、(一三)六角部角肉上り不良、(一四)六角部側面に「ヘツターカエリ」あり、(一五)球当り口元に「ヘツターカエリ」あり。

8 仮に右修補の請求が認められないとしても、昭和四一年八月一五日本件弁論期日において被控訴人は控訴人に対し、修補を請求した。

(再抗弁に対する認否)

9 同9の事実の内、その主張の期限までに検査をすることを約したことは認めるが、その余の事実は否認する。検査をしたが、依然として満足な製品は得られなかつた。

四 立証〈省略〉

理由

一  まず控訴人主張の本件契約について判断する。

控訴人が別紙目録記載の物件を被控訴人に対し売る契約を結んだことを認めるに足る的確な証拠はない。

かえつて、当事者間に争いのない控訴人がダイス(金型)の製造販売を業とする会社であることと、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三八、第六号証の一ないし三六(但し、一及び二のうち、鉛筆及びインクで訂正、加筆した部分を除く)、第一七ないし第一九号証並びに原審証人永磯勝己の証言及び当審における控訴人代表者海老正人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。被控訴人は自転車の3/8インチ及び5/16インチのハブ・ヘツダー玉押を冷間圧造の方法で製作するために、自動的に素材から完成品まで一連の連続作業で進めるナツト・フオーマーに装着する金型(ダイス)一式を必要としたので、必要とする製品(玉押)の図面である乙第一ないし第四号証を作成した。

控訴人は被控訴人から右の趣旨で金型の製作方を依頼された。

当時、控訴人は冷間圧造による製法を研究していたが、この種の金型を製造したことは一度しかなく、本件契約が二度目であり、その後は現在まで製造していない。そうして、右趣旨の金型の図面である乙第五号証の一ないし三八、第六号証の一ないし三六は、控訴人が作成した。

以上認定の事実に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件契約は被控訴人の注文により控訴人が不代替物としての本件物件を製作することを約した請負契約であるというべきであつて、控訴人の所有材料を用いて製作したいわば代替物件を供給するいわゆる製作物供給契約とは相違するものといえよう。

二  従つて、売買契約を前提とする控訴人の請求は理由がない。

三  控訴人主張のとおりの請負契約の成立は、当事者間に争いがない。

四  そこで、本件物件の完成および引渡がなされたか、否かについて判断する。

昭和四〇年九月一〇日、同年一〇月五日の二回にわたつて、控訴人から被控訴人に対し本件物件を送付したことは、当事者間に争いがなく、原審におけるハブ・ヘツダー製造工程の検証の結果及び証人永磯勝己、同林清の各証言、当審証人小野忠敬の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人において本件物件を受領後、一応外形上は設計図通りに仕上つていた本件物件を東京都葛飾区内所在のその工場内に在るナツト・フオーマーに装着し、以後引続き同工場内に保管していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみれば、本件物件は遅くも昭和四〇年一〇月中に、被控訴人がこれを占有し、その工場内において専ら被控訴人の管理の下におかれていたものとみることができるから、請負契約における製品の完成および引渡がなかつたものと解することはできない。

この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

五  次に本件物件の瑕疵について判断する。

1  前示検証の結果、乙第一七ないし第一九号証に検乙第一ないし第七号証、原審証人林清の証言によつて成立の認められる乙第八号証の一ないし七、第九号証の一ないし五、第一一ないし第一三号証、前示証人永磯勝己、同林清、同小野忠敬及び原審証人宝田賢治の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、本件物件を装着したナツト・フオーマーによつて製作された製品である玉押に被控訴人主張のとおりの一般公差以上の瑕疵があることが認められる。前示検証の結果中、実験に供された素材が予定されたものと材質が若干違うことが、前示証人林清の証言によつて認められるが、必ずしも右認定を左右するに足りず、他に右認定に反する証拠はない。その他右瑕疵が機械の操作その他金型以外の原因によつて発生したものと認めるに足りる証拠はない。

前示のとおり、本件物件は右ナツト・フオーマーに装着するための金型である以上、製作された製品に右のごとき瑕疵の発生することは自動的に素材から完全なナツトになるまで連続的な作業をその大きな特色とするナツト・フオーマー用の金型としての目的に全くそぐわないものというほかはない。

2  そうして、被控訴人から控訴人に対し本件物件の瑕疵を昭和四〇年一一月一五日以前に通告し、すみやかにその修補をするよう請求して、その結果その頃一部代品の引渡があつたが、その後も依然として満足な製品が得られず、本件契約の目的が達せられないことが前示乙第一七ないし第一九号証及び証人小野忠敬の証言によつて認められ、右認定に反する前示証人永磯勝己、同控訴人代表者の各供述部分は措信できない。

3  控訴人は修補の請求には瑕疵を特定すべきだと主張するが、本件の場合二種の寸法の同種の製品を作るべき二組の金型であるので、全体として一個の契約であるし、その一部に瑕疵があるにしても、その金型から作られる製品に瑕疵がある以上、全体の中の瑕疵と見ることができ、瑕疵の部分を具体的、個々的に特定しなければならないものということはできない。

4  従つて、被控訴人から控訴人に対し、相当な期限内に瑕疵の修補をすべき旨の請求が昭和四〇年一一月頃あつたものと認められる。

5  そうして、右瑕疵の修補がなされた証拠はなく、従つて修補のなされるまで、被控訴人は控訴人に対し、本件物件の製作報酬全部の支払を拒むことができるものと解さざるを得ない。

六  請負契約の目的物に瑕疵があり、注文者が請負人に対しその修補を請求したときは、注文者は民法五三三条により右修補がなされるまで請負代金の支払を拒むことができるものと解すべきである。すなわち、右の場合において注文者の請負代金支払義務と請負人の右瑕疵の修補義務とは同時履行の関係にあるわけである。

ところで、訴訟物である被告(債務者)の原告(債権者)に対する債務が、原告の被告に対する債務と同時履行の関係にあり、被告においてその旨の主張をするときは、裁判所は普通原告の請求を全面的に棄却することなく、被告は原告の被告に対する債務の履行と引換えに、原告に対しその債務の履行をすべき旨の、いわゆる引換給付の判決をするが、これは、このようにすることによつて、一方本来同時履行の抗弁が認められる根拠である契約当事者間の公平を維持する趣旨を十全に生かすことができ、他方民事訴訟法上の指導理念の一である訴訟経済の要請にもそうものであるからである。

しかし、同時履行の関係にある各債務の内容及び態様いかんによつては、右のように引換給付の判決をすることを相当としない場合があることを否定することができない。本件において控訴人の負担する前記瑕疵修補義務の如きはこれに属するものというべきである。すなわち、右の瑕疵の修補は、専ら機械の微妙な性能に関するものであつて、その具体的内容が必ずしも明確ではなく、果して右修補がなされたかどうかを確定することが極めて困難であるから、このような場合に引換給付の判決をしてみても必ずしも契約当事者の公平を維持することにはならないと考えられる。しかも、債権者が自己の債務(いわゆる反対給付)を履行したことは、一般に強制執行開始の要件と解されるからその存否は執行機関において審査するところであるが、右修補義務の態様が右の如くである以上、その履行の証明は当事者にとつて容易ではないうえに、執行機関がその履行の有無を判定することは相当ではないものというべきである。

してみれば、本件においては控訴人の修補義務の内容及び態様により、引換給付の判決をすることは相当でないから、結局控訴人の請求を棄却するほかない次第である。

七  よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、民訴法三八四条、九五条、八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄 田中良二 川上泉)

別紙〈省略〉

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